浪人時代のおもひで

こう見えて、浪人したことがある。どう見えるかわからないけれども。

ところが、今思い出そうとしても、当時の記憶があまりない。毎日起きる→予備校へ行く→授業を受ける→自習室に行く→帰る→寝る、といった代わり映えしない生活を送っていたので、記憶に残ることがなかったのだろう。「空白の一年」といっても過言でない。

しかし、十代後半の多感な時期を一年も過ごしたのだから、何か感動的なエピソードみたいなのがあるに違いないと記憶を探ると、ある数学の講師が言っていたことを思いだした。

これは今から10年くらい前のことだ。その日は大雨が降っていて、天気予報によるとこのあと更に雨が強くなる、ということで、午後の授業は休講になった。そのまま帰ればよかったのだが、当時新人講師だった俺は、映画館に行った。見たい映画があったから。実際、映画は面白かった。しかし、映画館を出ようとすると、道路が川のようになっていて、帰れなくなってしまったのだ。結局そのまま映画館で夜を明かした。

 

その次の年、また台風が来た、ということで、授業は休講になった。そのまま帰ればよかったのだが、俺は映画館に行った。映画は面白かった。しかし映画館を出ようとすると、暴風が吹き荒れていて帰れなくなってしまった。

 

君たちは来年か、あるいはそれ以降かわからないけれども、大学生になるだろう。授業の内容は大学に受かったら忘れてくれて構わない。しかし大学生になっても、またそれからも、これだけは覚えておいて欲しい。大雨や台風の時は映画館に行くな、ということを。


やはり空白の一年といっても過言でない。