忘れられない言葉
小中学校の同級生に上田(仮名)という奴がいたのだが、上田は自他共に認める「漢字博士」だった。小学校の卒業文集の将来の夢の項目には、当然のごとく漢字博士と書いていた。好きなテレビ番組は「テレビチャンピオンの漢字王選手権」というピンポイントな奴だった。
彼が発した言葉の中で今でも覚えているのが2つある。一つ目は、小学生の頃に聞いた、
「アタック25は漢字の問題がたまに出るから当然チェックしてるよ」
というやつである。どうでもよすぎる。
もうひとつは中学三年生の時のものだ。それは、クイズ番組の影響で漢字検定が流行りだしたころである。うちの中学校も例外ではなく、先生から漢字検定を受けることを勧められた。わざわざ試験会場に行かなくても学校で受験できるよ、と言われたので、私も3級を受けることにした。
当日、学校に行くと、上田がいた。準2級を受けるようであった。漢字博士なのに準2級を。
おかしいとはおもったが、まぁ安全策をとったのだろう、くらいにしか思わず、あまり気にもとめなかった。
1か月かそこらで、結果が返ってきたのだが、学校単位で受けたため、担任の先生から結果の紙が渡されるというシステムであった。私はなんとか合格していて、ホッとしながらふと後ろを振り返ると、上田がプルプル震えていた。
落ちていたのだ。漢字博士なのに準2級に。
クラスのお調子者がそれを見つけ、あまりにからかうものだから、(自称)漢字博士は泣きだした。
彼を擁護するなら、彼の漢字能力は漢検で発揮できる類のものではなかったのだろう。たとえるなら、英語ペラペラの帰国子女でも、英語のペーパーテストで意外と点が取れないみたいなものだ。
とはいっても彼は落ちたのだ。準2級に。漢字博士なのに。
先生がからかった奴を叱ってひと段落し、そろそろ授業に入ろうか、というときになって、突然上田が両手をバン、とついて立ち上がり、もうひとつの忘れられない言葉を叫んだ。
「みんなが勝手に僕に期待していたんじゃないか!」
彼が「漢字博士」というキャラクターを周囲から与えられて、どれだけそのプレッシャーと戦っていたのか、というのが分かる名言だと思う。
我々はややもすると「勝手に期待」しがちであるが、それが相手に圧力をかけていることを認識しなければならないのだろう、たぶん。